俺と君にとってそこは、何とも退屈で、 それでもどうしても楽園。「あー、翼に会いたい!」 「…さっきから煩いよ誠二」 午後八時、武蔵森学園中等部松葉寮(蹴球部専用寮)藤代笠井室。 漢字変換をしたら中国語になりそうなこの場所で、 藤代はここには居ない名前を叫んでいた。 「だってさあ…タクってば!」 「あした提出の宿題なんだけど、邪魔しないでくれる?」 机に向かいながら笠井は、 ベッドの上で喚きたてるルームメイトに溜め息をついた。 「…そんなに椎名さんが好き?」 「そりゃあもう!」 自信満々に首を千切れるほど上下させる。 そんな藤代に笠井は柔らかく笑むと、仕方なく、持っていたペンを置いた。 「昨日、会ったんじゃなかったの?」 「今日は会ってないし!」 あっそ。ところで宿題終わった? いたずらっこく笑む笠井に、 藤代は目を泳がせて口笛をふいた。 「会いにいけば?点呼は誤魔化しといてあげるよ、」 一方で午後八時飛葉地区椎名家翼用部屋。 「ていうか、なんで柾輝はここに居るわけ」 「さあ?」 とても中学生の一人部屋とは思えないほどの大きな室内で、 黒川と椎名はごろごろと雑誌を読みあさっていた。 「あー、すっごい暇なんだけど」 「だな」 さっきから椎名がボヤくのはその言葉ばかり。 そして後に続くのも、 「誠二、会いに来てくれないかな」 「またそれかよ」 そんなに好きか、旦那が。 からかう黒川に椎名は、 好きだけど悪い?と憎まれ口を叩いて、 目にも入っていない雑誌をまた1ページめくった。 「つーか、俺じゃ不満?」 「当たり前。あと1億は足りないね」 ひでー言われよう。 くっくっ、と笑う黒川に、友達としては好きだとか何とか、 そういうのはあえて言わない。そんな事は承知の事実だからだ。 椎名はまた1ページ雑誌をめくる。 「柾輝、今日泊まってくつもり?」 「何、俺とヤりたくなった?」 「…………」 「冗談。俺はノーマルだぜ」 椎名から無言の冷めた目線を受け、 黒川は参った、と両手を掲げた。 適当に寝かせてくれよ、と言い、 またゴロゴロとソファーに寝そべった。 「俺といるのと藤代といるのと何が違うんだ?ヤるかヤらないかの違い?」 「…お前の頭はそればっか?」 「当然。健康な中学生男子だからよ」 「あっそ」 飽きた雑誌を棚にしまい、MDコンポの電源を入れながら 椎名がふざけ半分、哀れな目で黒川を見て、言う。 「…溜ってんの?」 「相手してくれんの?」 「勝手に彼女のトコでも行ってこれば?」 椎名はそれにしても暇、と呟き、 黒川に占領されているソファーの隅に座った。 「暇ひま言ってっけど、藤代といる時は暇じゃねーの?」 起き上がり、さり気なく椎名のスペースをあけながら、なんとなく黒川が質問する。 椎名は少し首をひねって、それからキッパリと言った。 「暇だね、誠二と居たって」 「は?」 柾輝が間の抜けた声をあげた瞬間に、椎名の携帯が着信音を飛ばした。 「この音、誠二だ」 ガバッと立ち上がった椎名に、 やっぱり俺帰った方が良さそうだな、と、 ヤレヤレ言いながら黒川も立ちあがった。 「ほんじゃ、お幸せにな翼」 皮肉半分にそう言ってドアを握った黒川に、 椎名はにっこりと笑顔で見送った。 「…もしもし?誠二?」 『翼!』 「何?」 電話に出ると、聞きたかった声が自分の名前を呼ぶ。 それでも意地っ張りな椎名は、小さく棘を貼った声で返した。 おそらく藤代は、そんなこと気にもしていないだろうけれど。 『今さ、翼の家の前に居んの』 「は?」 さっきの黒川に負けず劣らず、間抜けた声をあげる。 藤代はいつも突然に、自分の喜ぶことをしでかすのだ。 この電話だって、今から会いに行ってもいいか?くらいのものだと思いこんでいたのに。 「…今、ここに?」 『yes!』 「…誰?」 驚きつつも電話を片手に窓をあけると、 やっほー、と藤代が手を振っていた。 全く、呆れてしまう。 こんな時間に寮を抜け出してまで会いに来てくれるなんて。 『あげてくれない?』 「はいはい、」 生憎今日は玲しか居ないからね… 椎名が呟くと、生憎!?と笑い声が返ってきて、 じゃあお邪魔しまーす、と電話は一旦きれた。 「…相変わらず広いな…」 「何回来たって部屋の広さは変わらないと思うんだけど」 それはそうでも!! 無理矢理に意見を通そうとする藤代に、 椎名はイヤでも愛しさを覚える。 「適当に座ってて」 「へーい」 ニンジンでも持ってきてあげるから、と笑顔で言うと、 本気でガタガタ震え出したので、 スナック菓子でいい?と呟く。 やったー!と言われて椎名は、 つくづく甘いな自分、と溜め息をついた。 「どうしたの?」 「何でもない」 退屈なはずなのに、 君といると時間が経つのが早いのはどうしてだろう? 「今日は泊まってく?」 「もちろんっ!」 にぱっ、とそんな笑みを浮かべられたら、 もう椎名に否定権なんてなかった。 「はいはい」 そう言ってみると不意打ちに軽くキスをされ、 驚いて顔がほんのり赤く染まる。 「可愛いー」 「うるさいよ」 じゃれながらベッドにもつれこんで、 ふと気付いたように二人は起き上がった。 「そうだ、タクに…」 「忘れてた、柾輝に…」 「「ちゃんとメールしとかないと」」 重なった声に気付いて、また二人で笑いあった。 これからもいつまでも回りを巻き込みながら、 俺たちは恋をして愛を見つけていく。 君といる時間という、退屈な楽園が どうしても好きだから。
柾輝を変態にしてゴメンナサイ(笑 ノーコメント…orz (c)愛渚 雛古 2005.09.04