あなたの体温は、 痛いほどに心地いい。 それは、あなたがあなただからで 他に理由なんてどこにもない。8月31日。 長かった夏休みも幕を閉じかけ、 自宅に帰っていた寮生もぽつぽつと寮に戻ってくる。 実家が近い藤代と渋沢は、共におみやげや服で重たくなったかばんを抱え、 一緒に電車で寮に戻ることにした。 「もう夏も終わりっすかー」 「まだまだ暑さは長引くだろうけどな…」 「キャプテン、それは禁句」 カタンコトンと電車に揺られ、 ほどよく混んだ車内の吊革につかまりながら、二人は会話を交す。 荷物は棚にあげられて、電車のカタンコトンに合わせて振るえていた。 「それはそうと、宿題は終わったのか藤代?」 サッカー部員のママがわり、渋沢がにこりと笑った。 藤代は一瞬、げっ、と声をあげ、慌てて取り繕うように話す。 「や、やだなーもう!終わってるに…」 「嘘はもっと巧くつくんだな」 藤代の力に乗ってブンッと振り回されそうになった吊革が悲鳴をあげる前に、 渋沢の声が被さった。 一見、穏やかな口調だが 聞きなれた藤代には黒いオーラが目に見えて分かる。 「…すいません?」 「どうせ、笠井のを写すつもりで居たんだろう」 「キャプテン、いつの間にエスパーになってたんすか!?」 「…お前が分かりやすいだけだと思うぞ」 参った、さすが。 だなんて言われて悪い気はしないけれど、勘違いは丁重に断る。 それが、渋沢らしい渋沢なんだろう。 藤代にはよくそれが分かって、にぱっと笑った。 「…どうした?」 「何でもないっす」 渋沢が怪訝そうに見つめたとき、 『まもなくー、武蔵森ー』 車内アナウンスがかかり、二人は荷物を再び抱えた。 「あんまり人をあてにするんじゃないぞ?」 渋沢がそう言い、藤代がにっこりと笑む。 ぷしゅー、音がして出口がぱっくり開き、 二人は速やかにホームへと降りた。 「もうちょっと遊んでたかったなー、夏休み」 「口閉じて、とっとと写す」 少しだけ懐かしい自室に戻って一番、やっぱり宿題に追われる。 全くもう…と、何だかんだ言いながらもノートを貸す笠井。 「サッカーやりたいなあ」 「…あと20分でノート取りあげるよ?」 それは困る!!と悲鳴に似た声をあげて、 藤代はスピードをあげて数式を写した。 ときおりわざわざ間違いを書いてバツをつけてみる辺り、宿題写しの一流と言えるかもしれない。 (全く同じだけあってたらおかしいと思われるだろ!と藤代は自慢気に語った) 「…誠二、」 ボーッとしたまま、友人が自分のノートを コピーしていくのを見つめていた笠井が、ふいに口を開いた。 「ちょっと待って…数学あと一問!」 だだっとシャーペンを走らせて、赤ペンでしゃっと丸を打つ。 やったー!と叫んで、藤代はべッドに倒れこんだ。 「…まだ古文があるよ?」 「それは言わないのー!」 クスッと意地悪く笑って、笠井もベッドに座った。 「誠二?」 「…何?」 にこっ、と屈託の無い笑顔を浮かべ、名前をよんだ笠井に向ける。 笠井もまた、つられてにこりと笑んだ。 「…キャプテンとは、どうだった?」 「んー…まあまあ、かな」 笠井の言った言葉は、キャプテンとの夏休みはどうだった?とも、 キャプテンとの仲は進展した?とも取れたが、 勘のいい笠井が自分の想いに気付いていることなんて、 とっくに知っている藤代は、ちゃんと後者だと解釈する。 「…友達以上になった?」 「恋人未満だけどね」 何もおかしくなくても、自然と笑いあっている、二人。 「2学期が始まったら、キャプテンに言う」 「そっか」 応援してるから、と笑顔が返ってきて、藤代も心底から嬉しそうに笑った。 夜と共に、夏休みも明けていく。(古文の宿題も終らないままね) 「キャプテン!」 「なんだ?」 新学期最初の部活。 始業式が終ってすぐの部室で、藤代が渋沢を呼びとめた。 「部活終わったら、キャプテンの部屋いっていいっすか?」 「いい、けど…」 ちらっと三上の顔を伺う渋沢に、 藤代はにっと笑って言った。 「大丈夫っすよ!三上先輩には退い…」 「おい馬鹿代。なんでお前のために俺が退かなきゃいけねぇんだよ?」 黒い笑顔がすぐ後ろで言葉を遮り、笑顔もぴしっと固まる。 「ひどいっすよ、三か…」 「三上先輩」 にっこり、負け地と笑んだ笠井が二人に割って入る。 「今日は俺の部屋に来ません?」 「…あ?」 三上のタレ目の奥がちょっと揺れ動いたのを、笠井は見逃さなかった。 「会ったのも久しぶりですし、二人きりになって話しません?」 ね?と、確実に目で三上を攻め立てる。 もはや否定権もないのに尚デビスマの三上。 「ああ、いいぜ?」 「やったー!ありがと、タク!!」 「どういたしまして」 「…俺にお礼はねーのかよ」 「聞っこえっませーん」 三上と藤代がギャーギャーと喧嘩する姿を、 こんなのも少し久しぶりですね、と、笠井と渋沢がほのぼの見つめる。 下校のチャイムが学校内に響いて、そこでようやく三上も諦めた。 部屋に入ると、三上のパソコンがブーン…と動いているだけで、 辺りは気持ち悪いほどに静かだった。 「…静かっすね」 「この部屋は、防音室になっているんだ」 音が漏れない、音が聞こえない。 そういえば去年の冬くらいに渋沢たちは部屋移動させられていたな、と藤代は思い出す。 「高田が、三上の弾くギターが夜煩いって寮母さんに訴えたみたいだぞ」 そういいながら、クスクス笑う渋沢。 一瞬、三上先輩ギターなんて弾くんすか!?と聴こうとした藤代は、 少したってピンときた。 「…タクの、声?」 「正解、じゃないか?」 そういえば、去年の秋くらいからだった、 笠井と三上が付き合っていたのは。 そういうときは、渋沢と藤代が一緒の部屋で一晩過ごしていたのだ。 もちろん、雑談だけで物足りない藤代にとっては眠れない夜となっていたのだが。 「…キャプテン、」 「なんだ?」 好き…そう言おうとした言葉が喉で飲み込まれてしまう。 柄にもなく、ひどく緊張していた。 「…ス…」 「す?」 「…キスしていいっすか!?」 「は?」 心配そうに覗き込んで来る渋沢に、 どうしたものが焦った藤代から本音が飛び出る。 返事も待たずに、壁寄りになっていた渋沢にもたれかかって、 背伸び気味に唇を重ねた。 「…っ!?」 「…すき…」 「藤代?」 「好き好き好き好き好き好き好き…!!」 下を向きうつ向き、藤代は大声で叫んだ。 今まで溜めてきた想いを、全て全てぶちまけてしまおうと。 不本意に涙が流れた目の水滴を、渋沢の大きな手が拭った。 いつもボールを受けとめる、強くて繊細な手。 「…藤代、」 「何すか…」 「俺も、好きだぞ」 にこりと笑った渋沢に、藤代はまだ安堵しない。 「…好きの意味は?」 「……分かっているだろう…」 「分かりません」 にっと笑った藤代は、いつも以上に無邪気で、 そんな表情を見たのは初めてだった。 どうしても、理性に愛しさが勝る。 本当にずるい、と溢しながら、 渋沢から藤代にキスが落とされた。 「…キャプテンー」 「可愛いな、本当に」 窓の外ではもう日が沈みはじめ、 オレンジ色に変わった太陽の光が二人を包みこんだ。 強く、強く抱き締めあって、想いをたぐい寄せるようにもう一度、キスを交した。 お互いに惹かれあっていたのは分かっていたのだ、ずっと前から。 素直になれなかったのか、恐かったのか、 それとも大事にしすぎていたのか。 思い思いにやっと重なった気持ちを確かめあって、幸せ過ぎる体温に顔を埋めた。 「ところで、どっちが上っすか?」 ベッドの中でじゃれ合っていた中、藤代がふと呟く。 「…俺だろう?」 「俺も上がいいっすー!」 ギャーギャーと言い合いしているうちに、 藤代が思い付いたようににぱっと笑った。 「キャプテン、今日、何月何日か分かりますか?」 「…9月1日だろう?」 「俺の背番号は9、キャプテンは1」 「だから?」 「俺が上!」 どう繋がるんだ…と思いつつも、 渋沢は仕方がないな、と笑った。 「だったら、1月9日からは俺だな」 いいっすよー、と笑ってから、 ふと気付いてあーっと叫んだ。 「そっちの方が長いじゃないっすか!」 「ははは、」 もういいもんねー、といいながら、ガバッと渋沢に覆い被さった。 「いただきまーす」 「ちょ…待…」 「待ちませんっ」 彼等の夜は、まだ続く。 あなたの体温は、 痛いほどに心地いい。 それは、あなたがあなただからで 他に理由なんてどこにもない。
ああー、9月1日にUPしたかったのに…!したかったのに…! あたしの馬鹿ちん( orz 藤翼はちゃんと間に合うようにがんばります。 ドリームも書きたいしなー…ああもう。 とりあえず藤代祭り開催! 自分でもどうしようもなく阿呆だと分かりつつやっぱり…ね?(えへ☆ 逃げます。 (c)愛渚 雛古 2005.09.03